会社の情報をAIに入れていいか迷ったら見る線引き表
月曜の朝、事務所のパソコンの前で、事務担当の手が止まりました。取引先への案内文をAIに直してもらおうとして、ふと気づいたのです。この文章、宛先の会社名まで入っているけれど、貼り付けていいのだろうか。

会社の情報は「渡してよい」「相談してから」「渡さない」の3段に分けるだけで十分です。用意するものはA4一枚の紙で、かかるお金はほぼ印刷代だけ。壁に貼った会社では、AIに入れていいか迷う時間が1件あたり約5分減りました(推定)。
なぜ情報は「うっかり」で漏れるのか
AIに何を見せていいか、社内でルールを決めている会社はほとんどありません。決めていないから、一人ひとりがその場の感覚で判断します。情報が漏れる原因の多くは、悪意ではなくこの「うっかり」です。悪い人がいなくても、線が引かれていなければ、いつか誰かが線を越えます。
ここで多くの社長が最初に考えるのが「じゃあ全部禁止にしよう」です。これがいちばん危ない選択です。全部禁止にすると、便利さを知った社員は会社に黙って自分の携帯でAIを使い始めます。いわゆる野良AI利用、つまり会社の目が届かない場所での利用です。禁止した瞬間に、会社は何がAIに入れられたかを知る手段を失います。
だから答えは禁止ではなく線引きです。「ここまではいい、ここからは相談、ここは絶対だめ」が見えていれば、社員は隠れる必要がなくなります。
線引きは3段だけ。製造業の分類例
段階を細かくしすぎると誰も覚えられません。3段で十分です。製造業でよく扱う情報なら、たとえばこう分かれます。
- 渡してよい:公開済みのカタログ、自社サイトに載せている文章、一般的な作業手順
- 相談してから:製品図面、見積金額、過去の見積書
- 渡さない:顧客名簿、従業員の個人情報、取引先との価格条件
考え方は単純です。すでに世の中に出ている情報は渡してよい。自社の商売の中身に関わる情報は相談してから。人の名前と取引の条件は渡さない。この3行だけ覚えれば、表を見なくても大半は判断できます。
そして大事なのがもう1つ。迷ったら「相談してから」に入れることです。迷った情報を「渡してよい」に入れると漏れます。「渡さない」に入れると禁止が増えて野良利用に戻ります。真ん中に寄せるのが、いちばん安全で、いちばん守られるルールです。
今日からできる手順。作って、印刷して、貼る
立派な規程はいりません。やることはこれだけです。
- あなたの会社でよく扱う情報を、思いつくまま書き出す
- それを「渡してよい」「相談してから」「渡さない」の3段に振り分ける
- 振り分けに迷ったものは、全部「相談してから」に入れる
- 「相談してから」の相談先を一人決める(社長でも工場長でも構いません)
- A4一枚にまとめて印刷し、パソコンのある場所の壁に貼る
最後の「紙に印刷して壁に貼る」を省略しないでください。ルールは見える場所にあって初めてルールになります。当サイトのお役立ち資料にも、この記事と同じ考え方で作った線引き表を用意しています。配布資料では15項目に分けていますが、この記事ではその代表例を紹介しました。まずは印刷して、あなたの会社の言葉に直して使ってください。
つまずいた話。共有フォルダに入れただけでは誰も見ない
岡崎の製缶屋での話です。ここでは社長の指示を受けて、事務担当が線引き表を作りました。ここまでは良かったのですが、表をパソコンの共有フォルダに保存して、周知の連絡を一度流しただけで終わりにしました。
翌月、事務のパートさんが請求書の文面を、顧客の会社名ごとAIに貼り付けて手直ししていたことが分かりました。悪意はまったくありません。それどころか、線引き表の存在自体を知りませんでした。共有フォルダの奥にある表は、貼り紙ではなくただの保管物だったのです。
この会社はやり方を変えました。表をA4一枚に印刷して、事務所の壁と、パソコンの脇の2か所に貼ったのです。すると今度は「これって相談の段でいいんですか」という質問が出るようになりました。質問が出るのは、ルールが読まれている証拠です。失敗の原因は表の中身ではなく、置き場所でした。
数字の根拠。5分減は実測ではなく推定です
正直に書くと、この記事には効果を派手に見せる数字がほぼありません。線引き表は売上を増やす道具ではなく、事故を減らす道具だからです。
唯一の数字である「迷う時間が1件あたり約5分減」は推定です。表を貼る前は、社員が「これAIに入れていいですか」と社長に聞きに行き、社長の手が空くのを待ち、やり取りをして戻る、という流れがありました。貼った後は壁を見て自分で判断するか、相談の段だけ聞きに行きます。この往復のやり取りを協力先への聞き取りで見積もった値が約5分で、ストップウォッチで計った実測ではありません。
それでも、この表のいちばんの効果は時間ではありません。「誰も決めていない」状態が終わることです。線が一本引かれるだけで、うっかりは起きにくくなり、起きたときも「どの段の話か」で会話ができるようになります。
取引先との契約で「社外のサービスに情報を一切出さない」と決まっている会社は、線引きの前に契約の確認が先です。表があっても契約には勝てません。また、すでに情報管理の規程と専任の担当者がいる会社には、この3段の表は粗すぎます。既存の規程にAIの項目を足すほうが早いです。逆に社長一人の会社なら、壁に貼るまでしなくても、自分の線引きをメモ一枚に書き出すだけで十分なこともあります。