「パソコン苦手」の製缶屋が、AIで見積もり残業をなくすまでの90日
夕方6時、岡崎市の板金・製缶の会社。事務所の机には古いノートが積まれ、60代の専務が電卓を叩きながら見積書を作っていました。90日後、この机から残業が消えます。

結論から言います。見積書づくりは1件3時間から20分になり、専務の月末残業は月2時間からゼロになりました(いずれも実測)。かかっているお金は、AIの利用料の月3,000円だけです。ただし最初の2週間は道具選びに失敗しており、そこも含めて90日の記録です。
なぜ、見積もりが月末の残業を生むのか
今回の主役は、岡崎市で板金・製缶を営む従業員18名の会社です。社長は62歳。パソコンは苦手で、今もほとんど触りません。見積書は、60代の専務が半分手作業で作ってきました。
作り方はこうです。注文の相談が来ると、専務は棚から過去のノートを引き出します。「前に似た仕事をいくらで受けたか」を探し、材料の値段を思い出し、電卓で金額を出す。1件に3時間かかることもありました。
ここで大事なのは、3時間の中身です。計算そのものにかかる時間はわずかで、ほとんどは「探す時間」でした。似た仕事のページを見つける。かすれた数字を読み直す。材料の値上がりを頭の中で補正する。つまり、会社の値段の知識が、紙のノートと専務の頭の中にしかなかったのです。
そして見積もりの依頼は月末に集中します。締め切り前になると、専務は月に2時間近く残業して見積書を仕上げていました。専務が休めば、見積もりは止まります。社長は「専務に何かあったら、この会社は値段が出せなくなる」と感じていました。問題はAIの前に、仕事の形そのものにあったのです。
最初の2週間の失敗と、1か月目の「表づくり」
社長が最初に試したAIの道具は、うまくいきませんでした。この会社には20年以上前の図面が多く、その古いファイル形式(データの保存の仕方)に道具が対応していなかったのです。図面を1枚ずつ別の形に作り直してから読み込ませる必要があり、見積もりを速くするはずが、かえって手間が増えました。2週間で中止です。この失敗の中身は、後の節でくわしく書きます。
次に選んだのは、図面をそのまま読み込める別の道具でした。ここから、90日の本番が始まります。
1か月目にやったことは、AIを使うことではなく「表づくり」でした。過去の見積書を、次の5つの項目の表に直していきます。
- 品名
- 材質
- 数量
- 単価
- 納期
全部を一度にやろうとはしませんでした。まず金額の大きい順に100枚。会社の売上に効く見積もりから先に、「この会社の値段の付け方」をAIに教えていったのです。
この作業は地味です。手書きのノートを読み、1枚ずつ表に写す。けれどこの1か月が、後の成果をほぼ決めました。AIは魔法ではなく、渡した過去の記録の質までしか賢くならないからです。
2か月目の下書き運用から、3か月目の残業ゼロへ
2か月目から、実際の見積もりにAIを使い始めました。流れはこうです。図面と注文の内容をAIに読ませると、過去の表をもとに見積書の下書きが出てくる。それを専務が確認し、直して仕上げる。
このとき社長と専務が決めた線引きが、この事例の肝です。下書きまではAI、最後の値決めは必ず社長か専務。AIが出した単価をそのまま客に出したことは、一度もありません。相手との付き合いの長さ、今の工場の忙しさ、材料の値動き。そうした「表に書けない事情」で値段を最後に動かすのは、人の仕事として残しました。
最初のうちは、下書きの直しが多く出ました。過去の表が100枚ぶんでは、似た仕事が見つからない注文があったからです。そこで手を止めず、表を少しずつ増やしました。最終的に300枚。枚数が増えるほど、下書きの出来は目に見えて良くなりました。
3か月目。見積書1件にかかる時間は、3時間から20分になりました(実測)。月末の締め切り前でも、専務は定時で帰ります。残業は月2時間からゼロになりました(実測)。かかっているお金は、AIの利用料の月3,000円だけです。
そして社長は、今もパソコンをほとんど触りません。触れる人が増えたのではなく、触れない人のままでも回る形に仕事を組み替えた。これがこの90日の正体です。
つまずいた話 — 捨てた2週間と、骨の折れた表づくり
最初の失敗を、もう少し正直に書きます。
最初の道具そのものは、悪い道具ではありませんでした。悪かったのは選び方です。評判だけで決めて、自社の一番古い図面が読めるかどうかを、使い始める前に試さなかった。結果、図面を1枚ずつ変換し直すという新しい仕事が生まれ、専務の机の上はむしろ忙しくなりました。2週間で「これは続かない」と判断し、やめました。やめる判断が早かったことだけが、この失敗の救いです。
もうひとつ、小さなつまずきもありました。表づくりの途中で、同じ材質なのにノートごとに書き方が違うと分かったのです。書いた年代や書いた人によって、略し方がばらばらでした。ばらばらのままAIに渡すと、同じ材料を別の材料として覚えてしまいます。書き方を揃え直す作業が加わり、1か月目の表づくりは想像よりずっと骨が折れました。
この経験からの教訓は2つです。
- 道具は評判ではなく、自社の一番古い図面・一番汚い書類を読ませてから選ぶ。
- 表づくりでは、品名や材質の書き方を先に揃える。ここを飛ばすと、後で倍になって返ってくる。
数字の根拠 — どう測ったか
この記事に出した数字の測り方を書いておきます。
- 見積書1件 3時間→20分:切り替えの前後で、専務が見積書1件にかけた時間を記録して比べた実測の値です。3時間は「かかることもあった」上のほうの値で、案件により差はあります。
- 専務の残業 月2時間→0時間:月末の締め切り前の残業時間の実測です。3か月目の月末に、見積もりのための残業がなくなったことを確認しています。
- 費用 月3,000円:毎月支払っているAIの利用料です。1か月目の表づくりにかけた社内の手間(人の時間)は、この金額には含まれていません。
- 100枚→300枚:AIに渡した過去の見積書の枚数です。金額の大きい順に100枚から始め、最終的に300枚まで増やしました。
この記事では推定の数字は使っていません。上に書いたものは、すべて実測と実際の枚数です。
次のような会社には、この方法はおすすめしません。
- 過去の見積書がほとんど残っていない会社。AIに教える元がなく、表づくりの段階で止まります。
- 一品ものばかりで、過去と似た注文がほとんど来ない会社。過去の表から下書きを作る効果が出にくくなります。
- 値決めまでAIに任せたい会社。この事例は「最後の値決めは必ず人」という線引きがあって初めて成り立っています。
- 最初の1〜2か月、表づくりに人の手間をかけられない会社。この90日に近道はありませんでした。